狂気従容

軍事、歴史、宗教などを語ります。

おすすめ軍事書籍ー裏切られた空 Der verratene Himmel

書籍を紹介する時、その本を読み返さずに紹介できるだろうか。もし出来るとしたら、その本は、その人にとって特別な本だろう。私にも何冊かそんな書籍がある。今日紹介するのは、その1冊だ。タイトルは「裏切られた空」。

 

「裏切られた空」はドイツ語原題「Der verratene Himmel」の翻訳で、邦題は「フォッケ=ウルフ迎撃隊」となっている。「H.M.S. Ulysses」を「女王陛下のユリシーズ号」と訳したこともある本邦翻訳陣であるが、もう少しセンスを磨いてもらいたい。「フォッケ=ウルフ迎撃隊」という邦題も嫌いではないのだが、書籍の内容が全くつかめない。もっとも、そのお陰で私はいい意味で裏切られたのだが。

 

高校2年の夏、初めて1人で東京に遊びに行った。神保町の古本屋街、ミリタリー関係専門の書店がある。そこで表紙絵に一目惚れして購入した。当時の私は、典型的な高校生ミリオタだったと思う。創価学会に生まれてミリオタになる。なぜこうも人生を外していくのか分からないが、とにかく当時の私は、ネット興隆期の影響もあって、典型的な高校生ミリオタだった。兵器や戦争について語ることが好きで、国防・地政学とか、リアリズムとか、防衛戦争としての太平洋戦争論みたいのに惹かれていた。

 

戦争の残酷さは承知していたが、戦闘のかっこよさに魅せられていた。チャーチル首相ではないが、戦争参加ということにロマンを感じていた。軍人になりたいとは思わなかったが、兵器を操る妄想は心地よかった。それは今でも変わらないかもしれないが。また戦争とは、残酷であるにせよ、秩序だったものだと考えていた。

 

そんなミリオタ高校生に、生活としての第二次世界大戦を教え、フィクションとしての戦争映画やドラマがいかに胡散臭いかを示してくれたのが、この「小説」である。舞台は第二次世界大戦、ドイツ空軍の戦闘機部隊。主人公はそこに所属する戦闘機のパイロットだ。

 

著者は第二次世界大戦中、小説内での主人公の愛機「フォッケ=ウルフ」に実際に搭乗していた元ドイツ空軍の戦闘機パイロット。兵器や戦闘の描写は、体験者のそれであるがゆえとてもリアルである……病的なまでに。エンジンの型番から、スイッチ類の配置、照準器の調整。読むと確信できるが、著者は兵器を、自分が搭乗したフォッケウルフという戦闘機を愛していたのだろう。

 

主人公は戦闘機に載っているのだが、エースパイロットでも何でもなく、実際は戦闘忌避の、人を殺したくないただのパイロット。空を飛びたかっただけの青年だ。血肉踊るような活躍など無く、むしろ同僚から臆病者と罵られるような、全く戦争に向いていない男だ。ただ空を飛んでみたかった男が、時代の流れから戦闘機に乗っている。

 

私はこの本を購入した時、本のあらすじを何も把握していなかったのでびっくりした。普通この手の戦争小説は、主人公が敵を倒すものだ。戦争の大局として、自陣営が滅ぶにせよ、多少なりとも活躍するものだ。ところがこの小説にそんな描写はまるでない。戦闘には参加するが人を殺せない。機会があっても撃墜できない。そんな主人公である。

 

主人公が恰好いい兵器で敵を圧倒することを期待していた私としては、肩透かしをくらった。だがいい意味で裏切られた。この小説の真の見どころは、当事者達のナマの生活が描かれている点にある。

 

隠れて敵性音楽のジャズを聴く、ジャズっぽい音楽を演奏したことを上官に詰問される、反政府的な乱痴気パーティーに参加する、仲の悪い戦友(最後は頭にきて発砲する)、名前が出たかと思えば直ぐに死ぬ戦友、名前も出ずに死んでいく友軍、後方から届いた卑猥なブロマイドをトイレットペーパーに使う、備品のパラシュートをシーツ代わりに性交する(しかも体液がついていたのでバレる)、戦死した戦友の遺品(聖書)に避妊具を挟む(向こうで楽しめるよう)、しれっと通過する強制収容所行きの列車など。ナンセンス、エログロ、ブラックユーモアのオンパレード。その合間に戦闘があって、戦果報告の書類が書式ごと描写されていたり、航空無線機の使い方がわざわざ説明されていたり、めちゃくちゃである。だがそれが最高だった。

 

イデオロギーや思想に、戦争の行儀良さを求めていた当時の私には、衝撃的で目の覚める内容だった。ただの残酷話でもなく、愛国心が輝くわけでもなく、お涙頂戴のメロドラマがあるわけでもなく、狂った世界の日常が、マニアでも飽きるくらいの細かい兵器描写と共にびっしりと詰め込まれている。それが「裏切られた空」である。

 

ネタバレになるが、この小説の最高に痺れたところは、ヒロインの始末である。劇的な再会があるわけでもなく、悲哀に満ちた最期があるわけでもなく、エピローグに一行「撤退作戦中に行方不明」とあるのみ。数百ページに渡り物語を紡いできたキャラクターにその仕打ちである。あまりにもあっさりと、注目されることも無く死んでいく。それがきっと戦争なんでしょう。手紙が届くわけでも、形見が渡されることも無い。

 

内容的に爽快感はまるでなく、救いも特にないが、ミリタリーに興味のある方、特に、若い方にはぜひ読んでいただきたい。小説とはいえ、戦争のリアルとは何か、考える良い機会になると思います。そしてそれを超えてなお、兵器の魅力を感じることでしょう。

 

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主人公の愛機 フォッケウルフ。ドイツの博物館にてSalem撮影。