狂気従容

軍事、歴史、宗教などを語ります。

おすすめ軍事書籍ー兵士たちの戦後史: 戦後日本社会を支えた人びと 

もはや戦後ではない。1956年の発言は、経済復興に関連したキャッチコピーであったかもしれない。では、日本が本当の意味で戦後ではなくなるのはいつだろうか。歴史は断絶を許さないだろうから、いつまでも戦後は続くのかもしれないが、一つの区切りを作るならば、当時の現役世代、特に従軍経験者がこの世を去るまでが戦後と言えるかもしれない。 

 

今回紹介する書籍は、そんな従軍経験世代のその後を追いかけた「兵士たちの戦後史: 戦後日本社会を支えた人びと」である。著者は吉田裕氏。2020年に発行された比較的新しい書籍である。恥ずかしながら、著者のことを全く知らなかったが、旧軍関係の記録や戦争社会学系の分野での大家らしい。「戦争と軍隊の政治社会史」という近著もあるようで、個人的には要チェックである。 

 

さて、「兵士たちの戦後史」の紹介になるのだが、この本の素晴らしいところは、従軍経験者のエピソード(戦中戦後の双方で)を出典を示しながら多様に掲載している点にある。この本を購入したきっかけは、旧日本軍人の体験談集のようなものを探していた時にアマゾンで見かけたからなのだが、購入して正解だった。長いこと、かれこれ30年近くミリオタをやっているが(私は幼稚園からのミリオタ)、この本には、どこかで聞いたことのある、見たことのあるエピソードの出典が示されている。誰に話を伺ったか、どこに記載されているか。それだけで資料としての価値があがるというものである。 

 

また、日本戦後史をなぞるように、個々の人物の意見や感想がその時代・社会でどのような位置にあるかを示しているのもポイントである。終戦直後から少しずつ、現代に近づき、それぞれのタイミングでの従軍経験者の置かれた状況、あるいは「戦友会」という従軍経験者の集まりについて、資料をもとに綴られている。まさに「戦後史」である。 

 

長年ミリオタをやってきた私にとって、本著に記されている従軍経験者のエピソードには、知っている話も多かったが、前述したように、出典が記されているところが素晴らしいと感じた。また、戦友会の細かい変遷や、戦中懐メロブーム、軍隊喫茶の繁栄など、これまで触れる機会の無かった話を知ることも出来たので大満足である。 

 

敗戦後、外地から日本に帰国する復員船の中で、末端兵士がかつての上官をリンチした話が紹介されている。その手の話しとして聞いたことはあったが、具体的にどこの誰が言った話か、当時の新聞にも記事にされおり……と、必要となれば読者が原典を追いかけてることが出来る。流石は研究者の書籍である。本著は、ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」に通じるところがあるように思う(こちらもいずれ紹介したい)。 

 

前線での悲惨な光景(餓死者の多さ等)、階級や所属部隊・参加戦線による戦争観の違い、戦中の戦士が戦後企業戦士として日本経済の復興に尽力した。これまでに何度か見聞きしたことのある話だが、戦友会についての「軍隊生活の理不尽さを思い出すと参加したいと思わない(趣旨)」という従軍経験者の意見は、あらためて文字にされると切実さが伝わってくる。また 戦友会への意見として「かつての階級をどうしても意識してしまう(趣旨)」というのは、解体されたとはいえ、軍隊と言う組織がどういうものであるのか、よく示していると思う。

 

歴史認識というものが問われることが多い昨今の時世ではあるが、個々のエピソードを持つ独立した個人の集合体が、単一の認識を共有することは困難なのだろう。かつての戦友と軍隊生活を、あるいは大日本帝国時代を懐古できる者もいれば、そんなものまっぴら御免と感じる者もいる。その辺、企業のOBOG会にも通じるだろう。

 

ちょっと余談だが、将校主体の戦争回想として比較的手に入れやすい書籍に「日本海軍400時間の証言:軍令部・参謀たちが語った敗戦」というものがある。NHKのドキュメンタリー番組(旧海軍指導層が戦後に開いた反省会を追いかけた内容)に関連した書籍だ。オリジナルの証言集(反省会の記録)は全11巻と中々に手を出し辛いので、興味を持った人には一読をお勧めしたい。将校と末端兵士。見ている景色の違いをありありと感じることが出来るだろう。 

 

将校主体の戦争回想への反発、前線に出ずに済んだ文化人・知識人(インテリ層)への反感意識、当時の末端兵士の心情というのは現代においても共有されるのではないだろうか。 そしてそこにも、正社員と契約・派遣社員(階級)、大企業とその他(所属部隊)、業界(参加戦線)による違いなど、格差は確実に存在する。ひょっとすると今の私達は、数十年後の「戦後史」を綴っているのもかもしれない。

 

「軍人恩給の支給制度において、自らの意思で捕虜になった場合、捕虜の期間が加算対象にならず、恩給の支払いにおいて不利益を被った」という例が紹介されている。これは知らなかったので、かなり驚いた。傷痍軍人を収容所送りにしたというソビエト連邦に比べれば(出典:イワンの戦争)まだマシかもしれないが、「生きて虜囚の辱を受けず」は継承されていたと言える。余りにも酷い。本著の表紙絵にもなっているが、傷痍軍人への対応と言うのは、その国の本質が現れるように思う。命を懸けて働き、結果として傷ついた者をどう扱うか。そこに、戦後も銃後も関係ないだろう。 

 

立場が変われば感じ方も変わる。世代が変われば、時代が変われば……同じ体験を共有しているようで、見ているモノ見てきたモノが同じとは限らないのだろう。1980年代生まれの私は、従軍経験世代は祖父より上の世代。共に働いたことはない世代。戦争体験を聞く機会はあったが、彼等の人となりをつぶさに知る機会は無かった。そしてその機会は永遠にやってこない。 

 

完全なる戦後がいつ訪れるのかは分からないが、自分が生きる国家がどのような人達の上に形成されてきたのか、知ることが出来る書籍だと思う。従軍経験者や戦後史について興味を持っている方には、是非とも手に取ってもらいたい。そして出来れば、他の書籍に記されている回想や証言と、比較していただきたい。資料の数だけ歴史があるのかもしれない(本著の証言の方向性が従軍経験者の全てではない)……そんな感慨にふけることだろう。