狂気従容

軍事、歴史、宗教などを語ります。

ウクライナ紛争の情勢悪化について

ウクライナ情勢がきな臭くなっている。 最悪の場合、欧州全域を危機的状況に陥れ、ひいては世界全体に暗い影を落とすことになるだろう。まずはこれまでのいきさつを簡単に説明する。 

 

2013年11月に首都キエフの独立広場から始まったデモ活動は、多数の死傷者を出す武力衝突に発展した。最終的には2014年2月、親ロシア的だった当時の政権が打倒され、親西欧的な政権が誕生した。いわゆるユーロマイダンだ。 

 

武力衝突を経ての政権交代という大事件が発生したわけだが、本当の事件はそこから先にあった。2014年3月、ウクライナを自国の勢力圏とみなすロシアが突如、ウクライナは南部にあるクリミア半島を事実上併合。自国の支配下に置いてしまう。クリミア半島には、セバストポリという非常に重要な軍事基地があり、ロシアとしては黒海周辺のプレゼンスを維持するために必要な処置だったのだろう。特殊部隊の運用や住民工作により、ウクライナ正規軍との間に大きな戦闘を発生させること無く、鮮やかにクリミア半島を奪取したロシアの手腕は「ハイブリッド戦争」「グレーゾーン戦争」という21世紀型の戦争を知らしめることになった。 

 

ロシアによるクリミア半島併合と同時期、ロシア語話者の多いウクライナ東部においてキエフ政府からの分離独立運動が過熱していった。最終的には2014年4月、ドネツクおよびルハンスク地方において分離独立派(親ロシア勢力)とウクライナ政府軍による事実上の内戦が勃発した。 

 

一時はウクライナ正規軍が分離独立派を優位に押し込んだものの、ロシアからの援助を得た独立派の反撃にあい、武装勢力の掃討に失敗。ウクライナ東部の一部地域は、事実上の分離を果たしている。一応の停戦(複数回)、和平合意はあったものの散発的な戦闘は継続されており、2020年の1年間でウクライナ兵50人が死亡している(後記リンク先のBBC記事参照)。 

 

2013年末から始まったウクライナにおける紛争は欧州における不発弾と化した。ウクライナは国内に反政府武装勢力を抱え、国の一部を併合されたままの状態である。戦争が終わっていないので、不発弾というよりは時限爆弾と言った方が正確かもしれない。解除が先かそれとも爆発してしまうのか。 

 

さて、その様なウクライナ情勢において、10月末頃からロシア軍がウクライナとの国境付近に兵力を集結していることが確認され、ウクライナへの軍事侵攻を計画している可能性が疑われている。以下リンク先の記事を参照。 

 

https://www.cnn.co.jp/usa/35179098.html 

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-11-21/R2XUSLDWX2PS01?utm_content=japan&utm_campaign=socialflow-organic&cmpid%3D=socialflow-twitter-japan&utm_source=twitter&utm_medium=social 

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021110800621&g=int 

 

今回の兵力集結が本当に軍事侵攻を意図したものなのか、警告・脅しとしての軍事演習であるのかは分からない。国威発揚のためあるいは関係国への警告として、大規模な軍事演習を行うことはこれまでも何度もあった(ロシアに限らない)。ウクライナにおいては今年の4月にも同様のことがあり、ロシア軍の兵力増強に対し、軍事侵攻なのか警告なのかと関係各国がやはりその意図を読み図ることとなった(その時は開戦には至らなかった)。以下リンク先の記事を参照。 

 

https://www.bbc.com/japanese/56671657 

 

本年4月のロシア軍大集結の際には、衛星写真からの情報で、戦車等の戦闘部隊の集結に比して、戦闘部隊を後方支援するための部隊(補給とか整備とか)の集結や弾薬の備蓄(前線集積所の構築とか)があまり見られないことから「恐らくは警告的な軍事演習だろう」という見方が強かった。今回も、同様の観点からの評価が各国の情報機関で行われていることだろう。 

 

ロシア軍側も、現代の衛星技術によって部隊の集結等大規模な軍の移動が相手側に筒抜けになってしまうことを、重々承知している。本気の軍事進攻を企図しているならば、何らかの対策を講じることだろう。軍事演習には、実際になにが起きるのか?その問題点・改良すべき点を洗い出す意味合いもある。余談だが災害派遣なんかにも同じことがいえる。要は机上でわからないことが実際にやってみて判明する。ロシア軍は地域紛争への出兵にはかなりの経験値があるので(アフガン、チェチェングルジア、シリア等)、元からの知見も多いと推測できる。ロシア軍は運用上の要点を把握している軍隊である。 侮ってはいけない。

  

早ければ来年の1~2月に開戦との報道ではあるけれども、時期は冬だ。戦争向きの季節とは言えない。とはいえ、春が来れば雪が解け、泥濘が酷くなり部隊の移動に支障をきたす。実際、第二次世界大戦の第三次ハリコフ攻防戦では、ハリコフを再占領したドイツ軍が泥濘により(他の要因もあったが)軍事行動を一時停止したことがあった(そして運命のクルスクへ)。 戦争向けの季節とは言えないものの、春先まで待てないのであれば、1~2月の開戦はそれなりに理由が付くと思う。

 

ロシア軍が本当にウクライナに侵攻し、クリミア半島までがロシア領となれば、アゾフ海も自動的にロシアの勢力圏になるだろうから、クリミア半島および黒海におけるロシアのプレゼンスは揺るぎないものとなるだろう。ちなみにだが、クリミア半島の併合以降、ケルチ海峡に大きな橋が建設され鉄道と自動車による行き来は可能になっている。つまり、既にロシア本国とクリミア半島は陸路でつながっている。 

 

ロシア軍が本当に軍事作戦に出た場合、どこまで進出するか?というのがひとつ焦点になる。ウクライナは国の真ん中あたりにドニエプル川という大きな河川が流れており、これを超えて更に西に進軍するかどうかがポイントになる。ドニエプル川キエフを南北方向に縦断しており、ドニエプルより西に行くのはウクライナ全域の占領に近いものを意味する。 

 

大規模河川の渡河というのは軍事作戦的にも難易度が高く、河川というのは度々防衛ラインとしての機能を担ってきた。第二次大戦中においても、ドニエプル川を挟んで独ソ両軍が衝突した。この川を渡るとポーランドまで大きな地理的障害はなくなる。ポーランドとしては、ウクライナが陥落すれば最前線は自国ということになる。最近ポーランドは兵器の購入を急いでいるが、NATO加盟国とはいえ、大国の冷淡さを20世紀の歴史で嫌という程味合わされてきたポーランドは危機意識も違うのだろう。 

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/0b64b4d11024156b8d4ce80709983ed677233bba 

https://www.armyrecognition.com/defense_news_november_2021_global_security_army_industry/poland_to_procure_300_second-hand_us_cougar_mrap_vehicles.html 

 

上記リンク先は、戦車や軽装甲車両の購入に関する記事になるが両方とも米国製だ。ポーランドとしては、すぐに入手可能な堅実な兵器が欲しいのだろう。それだけ戦争を意識しているのかもしれない。折しも、ベラルーシとの間で(ベラルーシは親ロシア勢力)移民問題が勃発、こちらも軍事衝突の可能性が指摘されている。ポーランドウクライナも、そして欧州全域が、危険な状態になりつつある。 

 

繰り返しになるが、実際にロシアが戦争に踏み切るかは分からない。万が一、本当に開戦となれば、欧米からの経済制裁はかつてないものとしてロシアを苦しめることになるだろう。非NATO加盟国のウクライナが為にNATO軍が直接軍事介入することはないと推測されるが、諸々の制裁が過去最大規模の苛烈さになることに疑はいない。ロシア軍がドニエプル川をこえてパリを目指すことはまずないだろうと想定されるものの、また本当に低い蓋然性の話ではあるけれども、ロシア軍とNATO軍が衝突した場合は、その衝突の規模に寄らず、冷静時代へ逆戻りの最悪の事態となる。コロナ禍が欧州・ロシアを苦しめる中、そんな余裕は両陣営にないと思われる。両陣営の経済が悪化すれば、玉突きでうちの国にも悪影響が生じるだろう。 

 

ロシア側に制裁を負ってまでウクライナに侵攻する意味があるのか?収支はプラスになり得るのか?その辺は専門的に見てみないと分からない。帰還兵の戦後福祉なんかを考えるに、プラスになる要素は少ないだろうと私は思う。ロシアもかつて(ソ連)ほど無理がきく国ではない。また、北京オリンピック(冬季)が予定されている中、中国のメンツをつぶすような形で戦争をするだろうか。 

 

上で紹介した、ブルームバーグの記事では、ロシア軍は既に予備役の招集を始めたと書いてある。これが本当ならば、戦争の準備段階としては順調にエスカレートしているわけだけれども、果たしてウクライナは再び燃えるだろうか。 

 

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デモ活動で使われたモロトフカクテル(火炎瓶)の残骸。某所にてセーラム撮影。