狂気従容

軍事、歴史、宗教などを語ります。

自衛隊車両のウクライナへの提供はおそらく武器提供にあたる

 日本がウクライナに100台規模の自衛隊車両を提供することになった。殺傷能力がないとはいえ、いよいよ日本も一歩踏み込んだ形だ。

https://www.mod.go.jp/j/press/news/2023/05/21_01.pdf

 

 ウクライナに提供される車両はいずれも汎用車両で、人員資材の運搬を主目的としている。戦車や自走砲と違い、車両自体に殺傷能力はない。一部の車両は火器の設置が可能ではあるが、あくまでもオプションで設置可能という程度のものだ。

 

 以前の記事でウクライナへの武器提供について考えていることを記事にした。

https://kyouki-shouyou.hatenablog.com/entry/2023/04/24/000901

 

 汎用車両は政治的ハードルがそこまで高くない(それ単体に殺傷能力が無いため)。保守メンテナンス的にどうかと思う部分があったけれども、民間車両用のリソースを活用できるということだろう。 

 

 さて、殺傷能力の無い自衛隊車両であるが、これはおそらく武器に該当する。そして、現行の解釈で提供出来るかは本来的には際どい部分を含むと思われる。日本は、ロシアがウクライナへの全面侵攻を開始した直後、防衛装備移転三原則の運用指針に「国際法違反の侵略を受けているウクライナに対して自衛隊法第116条の3の規定に基づき防衛大臣が譲渡する装備品等に含まれる防衛装備の海外移転」を新設して、ウクライナに防弾チョッキ(とヘルメット)を提供した。

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/pdf/bouei3.pdf

 

 自衛隊法第116条の3では、途上国への不用装備品等の譲渡がうたわれているけれど、「装備品等(装備品、船舶、航空機又は需品をいい、武器(弾薬を含む。)を除く。以下この条において同じ。)の譲渡」とあるように現行では武器弾薬は提供できない状態である。では武器とは何か、武器の定義はどうなのかと言うと、これは経産省の輸出貿易管理令(昭和24年政令第378号)別表第1の1の項に記載されている。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=324CO0000000378

 

別表第1の1の項を以下に引用する。

                        別表第一(第一条、第四条関係)

       

(一) 銃砲若しくはこれに用いる銃砲弾(発光又は発煙のために用いるものを含     む。)若しくはこれらの附属品又はこれらの部分品

(二) 爆発物(銃砲弾を除く。)若しくはこれを投下し、若しくは発射する装置若しくはこれらの附属品又はこれらの部分品

(三) 火薬類(爆発物を除く。)又は軍用燃料

(四) 火薬又は爆薬の安定剤

(五) 指向性エネルギー兵器又はその部分品

(六) 運動エネルギー兵器(銃砲を除く。)若しくはその発射体又はこれらの部分品

(七) 軍用車両若しくはその附属品若しくは軍用仮設橋又はこれらの部分品

(八) 軍用船舶若しくはその船体若しくは附属品又はこれらの部分品

(九) 軍用航空機若しくはその附属品又はこれらの部分品

(十) 防潜網若しくは魚雷防御網又は磁気機雷掃海用の浮揚性電らん

(十一) 装甲板、軍用ヘルメット若しくは防弾衣又はこれらの部分品

(十二) 軍用探照灯又はその制御装置

(十三) 軍用の細菌製剤、化学製剤若しくは放射性製剤又はこれらの散布、防護、浄化、探知若しくは識別のための装置若しくはその部分品

(十三の二) 軍用の細菌製剤、化学製剤又は放射性製剤の浄化のために特に配合した化学物質の混合物

(十四) 軍用の化学製剤の探知若しくは識別のための生体高分子若しくはその製造に用いる細胞株又は軍用の化学製剤の浄化若しくは分解のための生体触媒若しくはその製造に必要な遺伝情報を含んでいるベクター、ウイルス若しくは細胞株

(十五) 軍用火薬類の製造設備若しくは試験装置又はこれらの部分品

(十六) 兵器の製造用に特に設計した装置若しくは試験装置又はこれらの部分品若しくは附属品

(十七) 軍用人工衛星又はその部分品

 

 (七)にあるように、軍用車両は武器扱いである。経産省のQ&Aによれば、以下の説明分が記されている。以下引用する。

安全保障貿易管理**Export Control*Q&A

 

 「防衛装備」とは、「武器」及び「武器技術」のことをいいます。「武器」とは、輸出貿易管理令(昭和24年政令第378号)別表第1の1の項に掲げるもののうち、軍隊が使用するものであって、直接戦闘の用に供されるものをいい、「武器技術」とは、武器の設計、製造又は使用に係る技術をいいます。いずれの定義もこれまでと同様のものです。なお、「防衛装備」に当たるか否かは、当該貨物(技術)の形状、属性等から客観的に武器専用品(専用の武器技術)と判断できるものとし、いわゆる汎用品は、防衛装備移転三原則における「防衛装備」には該当しないものとしています。

 

 今回提供する車両は軍用車両である。軍用車両は武器扱いであるから、別表第1の1の項だけを考えれば、殺傷能力は無くとも武器と解釈出来るだろう。経産省のQ&Aにある「軍隊が使用するものであって、直接戦闘の用に供されるものをいい」の「直接戦闘の用」がどこまでを指すのか判断するのは難しい。前線まで兵員を運ぶのは、「戦闘の用」には該当するのではないかと思う。火器類を車両に設置して発砲した場合、「直接戦闘の用」に該当する。迫撃砲やミサイルを運搬する場合、車両から降ろした砲やミサイルがその場で発砲したら「直接戦闘の用」に該当するかもしれない。長距離砲撃を行う大砲類に弾薬を運搬するのも、「直接戦闘の用」と言えるかもしれない。正直なところ、線引きは困難だ。

 

 実際のところは、自衛隊規格の汎用車両が現地でどのように運用されるか、見てみないと分からない部分もある。今回提供される車両は装甲化されていないので、敵の攻撃に脆弱である。余り前線に近い場所で運用すれば、直ぐに撃破されてしまうかもしれない。後方で、縁の下の力持ちとして使用される可能性もある。ただ、民間車両が兵員運搬に使用されているくらい物が無い状態なので、軍用車両が安全な場所だけで仕事を任される保証はないだろう。

 

 上記の別表第1の1の項によれば、防弾チョッキも(そして軍用ヘルメットも)武器扱いになる(項目十一に該当)。そして防弾チョッキやヘルメットは、前線の兵士が使用するならば「直接戦闘の用」に該当すると言わざるを得ない(敵の銃弾や砲弾の破片から身を守る装備なので戦闘以外に活用方法がない)。車両提供も同様であるが、民生品の存在する汎用品という解釈も出来なくはないけれども、苦しいだろう(自衛隊車両=軍用車両なので)。

 

 現実に目を向ければ、解釈論議を言葉遊びと評する人もいるだろう。砲撃誘導に用いられる小型ドローンの多くは民生品だと思われるが(何なら爆撃もする)、明らかに「直接戦闘の用」に供されている現状を見れば、法的な解釈が道具の用途や価値を定義するわけでは無いことは明らかだ。創意工夫が求められる戦場なら尚更だ。

 

 今回の車両提供に限らず、本来日本は殺傷能力の有無に関わらず、自衛隊法第116条の3の規定を根拠にウクライナへ武器を提供するのは解釈的に難しいのではないかと思う。日本の安全保障政策は、それこそ憲法を筆頭に、状況が困難になってから解釈を構築してきた部分があるので、今回もその一例と言われればそれまでかもしれない。あるいは、私が知らないだけでスッキリとした解釈がどこかにあるのかもしれない。

 

 いずれにせよ、日本は大きく一歩踏み込んだ。