狂気従容

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ロシアによるウクライナ侵略について(4/10のまとめ)

 ロシアによるウクライナ侵略が始まって40日以上が経過した。ロシア軍がウクライナ軍を圧倒し短期間で終結するだろうと予想されていた今回の戦争は、ウクライナ側の善戦とロシア側の失策により、まだ続いている。戦争の継続は喜ばしいものではないけれども、ロシア軍の残虐行為が多数発覚する中、ウクライナが早期に征服されずに済んだことは前向きにとらえることが出来るだろう。

 

 全回の関連記事投稿から2週間近くが経過し、戦争全体の状況が様々変わってきたので、現状をまとめておきたい。前回記事は以下の通り。

 

ロシアによるウクライナ侵攻について(3/26現在、予期される結末について) - 狂気従容

 

1.ロシア軍、北部方面から撤退

 ロシア軍は当初、首都キエフを電撃的に制圧する計画であったと推測されている。以下、過去記事参照。

 

ロシアによるウクライナ侵攻について(3/13現在のちょっとしたまとめ) - 狂気従容

 

 しかしながら、ロシア軍は首都制圧に失敗。遂には北部方面から撤退した。ロシア軍の撤退は3月末から4月上旬に行われ、4/10現在、ウクライナ北部からロシア地上軍は姿を消した。言葉を失う程の傷跡を街に残して。

 

3/28、イギリス国防省による投稿

 

4/9、イギリス国防省による投稿

 

4/2、CNNによる記事

CNN.co.jp : ロシア軍、キエフ近郊アントノフ空港から撤退 新たな衛星画像で確認

 

 3月末まで北部方面に存在したロシア制圧地域の消滅が確認できる。3/25の時点で、ロシア軍自身が「東部方面に注力する」-つまりキエフ周辺の軍事活動の縮小-ことを宣言している。

 

3/26、BBCによる記事

【解説】 ロシア軍幹部「第一段階」完了と 侵攻は予定通り進んでいないのか? - BBCニュース

 

 キエフ周辺に展開していたロシア軍は、1ヶ月ほどの戦闘で多大な被害を受けていると推測されている。痛手を負った集団ではあったけれども、ロシア軍は撤退中に大包囲されることもなく、ベラルーシ国境まで秩序をもって後退した。撤退に成功した部隊は再編され、他戦線に投入される可能性がある。長期的な観点でロシアがキエフを諦めたのかどうかは不明瞭だ。しかしながら、ロシアの抱いていた、短期間での首都キエフ制圧およびウクライナ支配という野望は打ち砕かれた。

 

2. ロシア軍、東部方面での攻勢に注力

 キエフ方面から撤退したロシア軍は、彼等の宣言とおり東部ドンバス方面での攻勢に注力している。

 

4/9、イギリス国防省による投稿

 

4/9、ISW(The Institute for the Study of War)による投稿

 

 ロシア軍の攻勢目的は、東部地域に展開するウクライナ軍を包囲殲滅すること、東部地域を5/9(対独戦勝記念日)までにある程度制圧することで戦争勝利を国民に印象付けることと推測されている。

 ロシア軍がこの目的を達成出来るかは不明だ。戦力を集中したことでロシア軍の作戦効率は向上しそうではあるけれども、多大な損害を受け、また当初予想されてよりもはるかに低いパフォーマンスを晒してしまったロシア軍がどこまでやれるのか。専門家の間でも議論が続いている。この攻勢をウクライナ軍がはねのけ、なおかつロシア軍が大量破壊兵器を使用しないのであれば、西側陣営が期待する方向での停戦に少し明るい兆しが見えるかもしれない。

 米国国防省によれば、ロシア軍は開戦当初の80~85%程度の戦力(less than 85 percent)を保有しているとのこと。

 

4/9のアメリ国防省報告より以下引用抜粋

www.defense.gov And they still have a lot of combat power available to them. As I said, less than 85 percent but still a lot. 

 

 残存戦力が80~85%程度ということは、開戦当初より15%~20%程度の戦力を失っていることを意味する。この戦争におけるロシア、ウクライナ両軍の損失兵器をまとめている(オシントガチ勢)サイトによれば、ロシア軍はこれまでに456両の戦車と、485両の歩兵戦闘車両を失ったことが視覚的に確認されている。

 

www.oryxspioenkop.com 

 陸上自衛隊主力戦車(10式および90式の合計ー退役が進む74式は数に入れない)の総数は大体460両程度(生産数からの推測なので誤差があると思われる)、歩兵戦闘車両の総数は70両程度。日本の戦車戦力の全部、歩兵戦闘車両に関しては7倍!近くをこの戦争で損失したことになる。並みの国ならば失敗を認め撤収するだろう。ロシア軍自身も損失が少なくないことを認めている。

 

4/8、CNNによる記事

CNN.co.jp : ロシア軍、ウクライナで「多大な」損失 大統領報道官が認める

 

 繰り返しになるけれども、ロシア軍の東部攻勢をウクライナ軍が凌げるかどうか。この戦争の展開に大きな影響を与えるだろう。

 

3. 周辺国のウクライナへの軍事支援続く

 開戦前より周辺国のウクライナへの武器提供は行われていたが、ここにきて大きな変化があった。戦車や対空ミサイル車両などの重装備の提供が始まった。絶対数が足りていないウクライナ軍にとって貴重な戦力となるだろう。特に対空ミサイルは、ロシア空軍機の抑止、巡航ミサイル迎撃のための重要な装備となる。

 

4/8、共同通信による記事

チェコ、ウクライナに戦車提供 歩兵戦闘車も | 共同通信

 

4/9、ロイター通信による記事

Slovakia sends its air defence system to Ukraine | Reuters

 

 対戦車ミサイルや携帯式対空ミサイル等の従来の支援も継続されている。 対戦車ミサイル等の消耗の激しい兵器は継続的な支援が必要とされる。

 

4/7、アメリ国防省報告

Fact Sheet: U.S. Security Assistance to Ukraine > U.S. Department of Defense > Release

 

4/8、英国政府の報告

UK to bolster defensive aid to Ukraine with new £100m package - GOV.UK

 

 アメリカの軍事支援は流石の一言に尽きる。5000基の対戦車ミサイルセット、7000基の対戦車ロケット、1400基の携帯式対空ミサイル、数百の自爆型ドローン(スイッチブレード)、5000万発の小銃弾等。アメリカは、ウクライナ軍に対空ミサイルを提供するスロバキアに対し、アメリカ製対空ミサイル(パトリオット)を代替兵器として提供するとも発表している。民主主義の武器庫は伊達ではない。これら軍事支援が、ロシア軍の東部攻勢を撃退出来るかどうかのカギになってくるだろう。

 

4.ロシア軍の戦争犯罪

 既に多くの方が報道でご存知のことと思われる。キエフ周辺がウクライナ軍により解放され、被占領地域におけるロシア軍の戦争犯罪が多数確認された。各種報道により周知のことであり、また凄惨な画像リンクも多いためリファレンスは敢えて載せない。殺人、強姦、略奪、拷問。一部の犯行はジェノサイド(集団虐殺)に該当するのではないかと疑われている。

 

 ジェノサイドに該当するかどうかは、それぞれの証拠を検証しないことには判別つかないだろう。ジェノサイドに該当する場合、「戦争犯罪の中でも特に酷い犯罪」として処断されることになるだろう。旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷では、戦争終結後20年以上たっても裁判が行われた。ロシアが素直に裁判を受けるとも思えないけれど(実際、2014年に発生したマレーシア航空機撃墜事件もほとんど無視されてきた)、戦争犯罪、とりわけジェノサイドの罪に問われるとはそういうことを意味する。

 戦争犯罪がどのような過程を経て実施されたのか。以下3パターンあると思われる。

 1.  規律崩壊の結果、個々に発生

 2.  現地軍が独断で実行(組織的犯行)

 3.  事前計画に基づく組織的犯行(モスクワ指示)

 この中で特に3番目、モスクワの指示によって当初計画よりウクライナ焦土化ウクライナ人の虐殺が企図されていたとしたら、ジェノサイドに該当するとの判断が下されるかと思う。2番目の場合も該当するかもしれない。

 

 ジェノサイドを行った国と交易関係を維持するのは難しく、経済制裁を解除するタイミングが遠のいたと個人的には考えている。経済制裁の解除が無ければ、ロシアとしては戦争を辞めるメリットが減ることになる。ウクライナ側としても罪が裁かれない相手との停戦は困難と認識するかもしれない。テロリストとは交渉しないのだから。

 

 ロシア軍による戦争犯罪は-チェチェン、シリアの例があったとはいえ-衝撃的であった。全世界が注目する戦争において、いずれは露見するであろう悪事を堂々と実行した。第二次世界大戦中のソ連軍から進歩がないという非難もある程度的を射るように思う。大陸無双と思われた第一親衛戦車軍は大損害を被り、数日で落とせるはずの都市は占領出来ず、鎧袖一触で確保すると思われた航空優勢も手に入れられず。過大評価だったと言われるロシア軍だけれども、占領地域における残虐性だけは過小評価だった(平常運転だった)。現在ロシア軍の包囲下にあり、市街戦が展開されているマリウポリ(まだ陥落していない……マリウポリ守備隊は自分達がまともな捕虜に成れないことを知っている)、ハリコフ近郊の被占領地域においても、同様の戦争犯罪が発生していることだろう。

 

 恐ろしいことに、国営メディアがジェノサイドを煽るような記事を掲載しているのが今のロシアである。何があってもおかしくないし、絶対に信用できない。彼等がウクライナに要求していた、非ナチ化、非軍事化、中立化とはつまるところ非ウクライナ化であり非文明化だった。

 

私の感想あるいは妄想

 以下の文章は完全に私の推測であり、根拠となるリファレンスが存在しない感想や妄想に近いものと判断していただきたい。4月9日、イギリスのボリス・ジョンソン首相がウクライナキエフを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談した。ジョンブルここにありと、痺れる振る舞いであると私は感じた。

 

4/10、共同通信による記事

nordot.app

 リスクを負ってでも現地入りすることで、イギリス及び西側諸国によるウクライナ支援の本気度を示したように思う。パフォーマンスと言えばそれまでであるが、このタイミングで戦地(それも砲撃や空爆に晒された首都)を訪問するのは並大抵の度胸では出来ないだろう。いざという時に命を張る、リーダーの条件なのかもしれない。

 本題は別の部分にありまして、この訪問、ロシア軍による大量破壊兵器の使用を牽制する目的もあったのではないかと個人的には考えている。西側諸国がウクライナ支援にどれだけ本気であるか示すことでロシアを躊躇わせる。そんな目的もあったのではないかと。万が一、ロシア軍が大量破壊兵器、とりわけ核兵器を使用した場合、欧州および世界が大混乱に陥ることは明白である。NATO軍は今のところ直接的な軍事介入をしない方針であるものの、西側諸国として何かしらの行動を求められるだろう。核兵器の使用は戦争のエスカレーションの頂点に近く、非軍事行動でそれに対抗するのは難しい。経済制裁を更に強化する方法もあるけれども、制裁をかける側の被害も無視できなくなる。また核兵器が投下されればウクライナは降伏を余儀なくされると推測される。既にして、壊滅的ともいえる欧州とロシアの関係であるが、大量破壊兵器の使用による手詰まり-NATO軍の介入を除いた選択肢の損失-を避けたい思いがあったのではないだろうか。

 

 時間を見てまた関連記事を投稿したい。