狂気従容

軍事、歴史、宗教などを語ります。

ウクライナへの武器提供について

 岸田総理がウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談した。戦時下の国を首相が訪れるのは異例のことだ。他のG7加盟国と歩調を合わせる必要もあったのだろうが、命を張るというのはどの様な立場の人物であっても簡単にできることでは無い。他国(おそらくは米国が一番だろうが)からの視線を感じての訪宇という部分もあったのかもしれないけれど、岸田総理なりの覚悟なり強い意思もあっただろう。

 

 さて、本番はこれからである。しゃもじを送るために命を張ったわけでは無いのは明白である。日本語情報しか追っていないが、岸田総理の訪宇に際し、ゼレンスキー大統領から日本への明確な武器援助要望は示されなかった。ゼレンスキー大統領は欧米への武器援助要請を頻繁に表明する。日本にはしなかった。現行の日本においては、殺傷力のある武器をウクライナに提供することは出来ない。今回の訪宇において発表されたウクライナへの支援内容も、非軍事的な分野と殺傷力の無い装備品に関する物だけだ。ウクライナは日本の立場を理解していると解釈することも出来る。

 

 しかしながら、敢えて言及しなかった(少なくとも公にはされていない)のではないだろうかと私は考えている。日本にとって、殺傷力のある武器支援は相当にセンシティブな内容で、ハードルは高い。ウクライナとしては、貰える支援は何でも助かるだろう。軍事的か非軍事的かの選択ではなく、できれば両方頂きたい立場である(戦争中なのだから当然)。ウクライナ側からのアプローチが、日本の政策変更の妨げになるから、武器援助の話題は前面には出さないでおいて、民間部門における支援への感謝と引き続きの支援を願うという形をとったのではないかと思う。結果的に日本が武器提供できる環境を整えることが出来るならば、その方がウクライナにとっては得策だ。

 

 日本側からの調整でもあったと思う。岸田総理が本気でウクライナに殺傷力のある武器を提供することを考えているとしたら(私はそう判断している)、国内政治の持ち運び方を計算しなければならない。どの様な段取りで政策変更を達成するかということだ。もしゼレンスキー大統領から武器提供を強く要望されれば、日本側としても何らかの回答をしなければならない。その回答内容が何であれ、日本国内で話題を呼ぶことになるだろう。国会で追及されるかもしれない。それは上手い段取りではない。

 

 岸田総理は帰国直後の3月23日、国会においてウクライナ訪問を報告し、以下のように述べている。

「ロシアによる侵略の惨劇の現場、直接目の当たりにさせていただきました。こうした惨劇を繰り返さないためにロシアによる侵略、これ一刻も早く止めなければなりません」

もしここで、ウクライナ側からの強い武器援助要請が公に示されていた場合、そのことについてどの様な対応をするか、言及する必要があっただろう。下地調整ができていない段階でそれは下策だ。

 

 岸田総理はブチャを訪問した。ロシア軍による組織的な戦争犯罪があったとされる場所だ(実際、拷問の痕がある民間人の遺体が多数見つかっている)。上記の発言には説得力がある。まずは土壌を整えたと見るべきだ。正直なところ、訪宇というインパクトの割に手土産が地味だったと思えるけれど(私にはそう思えた)、必要な手順を踏んでいるのだろう。

 

 岸田政権はウクライナに殺傷能力のある武器を提供するつもりである。昨年から与党内での調整に関してチラチラと報道があった。近いところでは以下のとおりである。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230421/k10014044871000.html

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230420/k10014044161000.html

 

 私は、ウクライナが武器提供に関して大っぴらに言及してくると思っていた。それに対して、

国際法違反の侵略を受け、またブチャを始めとした凄惨な被害を受けている貴国に対し、より踏み込んだ支援ができるようにしていきたい」

くらいの返答を岸田総理はするのではないかと考えていた。今のウクライナは砲弾不足が深刻であり、また大砲や戦車等の正面装備も整っていない。前述したが、ゼレンスキー大統領は欧米諸国に対しては頻繁に援助の必要性を訴えている。私は当初、ウクライナからの支援要請を踏み台に、殺傷能力のある武器提供へと進んでいくものと考えていた。その点では、予想は外れたと言える。

 

 岸田総理は武器提供に本気だと私が思う根拠は2点ある。1点目は、先に述べたようにウクライナの砲弾不足が深刻だからである(兵器全般が足りない)。現状、ウクライナに砲弾を短期間で供給できそうな国家の一つが日本である。ウクライナ支援の最大国であるアメリカも砲弾の在庫が不足し、韓国から購入している。西側諸国として足並をそろえるならば、喫緊の課題である砲弾不足にコミットする必要がある。2点目は、多くの識者が言及している様に、予想される台湾有事に向けて日本の環境を整備する必要があるからだ。日本政府としては、この機を逃す手はない。内外の要請があるということだ。

 

 政府としては、ウクライナに殺傷能力のある武器を提供する方針である。自民党側に武器供給に対する反対論はそうない(一部の親ロシア議員を除いて)。後は公明党がどうするか。公明党は厳しい判断を迫られるだろう。殺傷力のある武器を海外の戦争当事国に提供するとなれば、戦後日本の安全保障政策の大きな転換点になる。自民党公明党で、落とし所は調整中と思われる。 岸田総理が現地に行ったことで、公明党を説得する材料は増えただろう。公明党的にも支持者を納得させやすくなった。

 

 今回の訪宇は、かつてイラクへの自衛隊派遣に際して、公明党の神崎代表(当時)がイラクを訪問したのと若干既視感がある。リスクを負い現地を見たという実績をもって発案ないし根拠材料にするのだと。公明党を納得させるためだけに訪問したわけでは無いだろうが、国内世論を引っ張る意味合いも含まれていただろう。

 

 日本は、ロシアがウクライナへの全面侵攻を開始した直後、防衛装備移転三原則の運用指針に「国際法違反の侵略を受けているウクライナに対して自衛隊法第116条の3の規定に基づき防衛大臣が譲渡する装備品等に含まれる防衛装備の海外移転」を新設して、ウクライナに防弾チョッキを提供した。自衛隊法第116条の3では、途上国への不用装備品等の譲渡がうたわれているけれど、「装備品等(装備品、船舶、航空機又は需品をいい、武器(弾薬を含む。)を除く。以下この条において同じ。)の譲渡」とあるように現行では武器弾薬は提供できない。殺傷能力のある武器を提供するためには、運用指針の再度改変が必要である。改変は既定路線として、実際に何を提供するかが焦点になってくる。

 

 兵器の提供に関してハードルは2つある。政治的なハードルと物理的なハードルだ。長距離ミサイルや戦闘機の類が、本来政治的ハードルの高い兵器である(軍艦も該当するけれどウクライナにおいて需要は高くない)。しかしながら、そもそも日本には提供できる該当兵器が存在しない。戦闘機は勝手に提供できないし(米国製品が多い)、長距離ミサイルは保有していない。国産対艦ミサイルはウクライナ戦闘機に搭載困難だから提供できない(ウクライナには魔改造の実例があるから無理とまでは言い切れない部分もある)。そういう意味では、兵器提供全般に公明党が支障(国内政治上のハードル)になっているだけかもしれない。無い袖は振れないのだから。

 

 物理的なハードルで言えば、保守整備のサービスも一緒に提供する必要が出てくる国産の重装備は難易度が高い。兵器だけでなく、近隣国に整備工場を増築する必要がある(この点、欧米兵器は既存の施設をある程度利用できる)。他の地域への流出が懸念される小型火器に関しては、政治的にも物理的にもリスクがあると言える。

 

 政治的にも物理的にも提供しやすいと言えるのが、対空ミサイル、対空機関砲の類だ。都市への無差別攻撃を防ぐという名目(殺傷能力はあるけれども防御的な兵器という解釈が成り立つ)で供給しやすいだろう。既に諸外国がウクライナに提供しているのと同系統の兵器を自衛隊保有している(パトリオット、ホーク)。また、対空機関砲ならばウクライナ国内での整備もある程度可能と思われる(機材がそこまで複雑でない)。

 

 大砲の砲弾類に関しては、現地で消費してもらえばいいので物理的なハードルは低い。大砲と自走砲は、他国がウクライナに提供したのと同種の装備があるから、物理的なハードルは下がる(整備インフラを流用できる)。攻撃的要素が大きいので、砲弾にしても、それを発射する大砲、自走砲にしても、政治的ハードル(公明党の反対)は比較的高いと言えるだろう。戦車は政治的にも物理的にもハードルが高い。物理的なハードルの高さは、前述したように保守サービスの提供が困難だからである。政治的な難しさは、戦車の持つインパクトにある。既に欧米各国がウクライナに戦車を提供しているとはいえ、暴力性を想像させやすい兵器である戦車を提供するのは国民(と公明党)からの反発が予期される。

 

 他には、レーダー類や汎用車両、軽装甲車両の提供が考えられる。政治的ハードルはそこまで高くない(それ単体に殺傷能力が無いため)。しかしながら、やはり保守メンテナンスの部分で課題があると思われる(汎用車両はどうにかなるか)。また、レーダー類は鹵獲された際の情報漏洩がリスクになる。

 

 上記の引用記事では、公明党石井幹事長の「サミット前に防衛装備移転三原則見直しは難しい」との発言が記載されている。また、公明党の武器提供に対する慎重姿勢は何度か報道されてきた。選挙期間中に、平和の党を標榜する公明党が武器提供に賛同するコメントを寄せるとは思えないので、実際の落としどころを何処に設定しているのかは分からない。記事によれば、25日から自民・公明の協議が始まるそうだ。

 

 私の予測としては、対空兵器を中心に武器提供へ舵を切るのではないかと思っている。砲弾も渡すかもしれない。大砲はもしかしたら提供するかもしれない。戦車は無いだろう。戦車を提供しないことを、公明党が“ブレーキをかけた”と表現するかもしれない。実際には、政治的なハードルではなく物理的なハードルが問題になるのだが、公明党には都合の良い解釈だろう。

 

 前述したように、岸田総理がブチャの現場を訪れたことを支持者(創価学会員)への説得材料にできる。「武器提供には慎重姿勢だったけれども、岸田総理から現地の情勢を伺い、余りにも残虐な国際法違反の行為に対抗するためには、武器を提供するしかないとの判断になった。対空ミサイルは都市部民間人を守る防御的な兵器として使ってもらう。戦争がこれ以上拡大過熱しないよう、公明党の要請で戦車等の提供は見送らせた」というシナリオがあるのではないかと考えている。

 

 このウクライナへの武器提供は、国内政治の問題ではなく、国際的な問題である。岸田総理も、「戦後の事情及び公明党が反対したので無理でした」という発言で諸外国が納得するとは考えていないだろう。国内世論には効果があっても、国際世論には通じない。国内外を同時に納得させ難い公明党は苦しい判断を迫られるだろうが、どうなるか。戦後日本の安全保障政策大転換が迫っている。