狂気従容

軍事、歴史、宗教などを語ります。

ロシアによるウクライナ侵攻について(3/26現在、予期される結末について)

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって1ヶ月が経過した。ロシア軍による都市への砲爆撃は続き、局地的には激しい戦闘が継続されている。しかしながら、戦争終結の決定打になるような出来事は無く、一部では長期戦の予測も出ている。戦争が長引くほど、ウクライナ・ロシアの両当事国の行動・意思だけでなく、西側陣営、中国、インドと周辺各国や世界的大国の振る舞いが未来に大きな影響を与えることになると思う。戦争が長引くということは、軍事力を用いた短期間での変革が失敗したことを意味する。ロシアによる大量破壊兵器の使用さえ危惧される中、現時点においてこの戦争がどの様な結末を迎えるか予測するのは困難なように思う。各国による、政治、経済、情報と、銃後を多方面から巻き込むであろうカードのやり取りが戦争全体にどの様な影響を与えるか、専門家であっても予測するのは難しいであろう。いわんや私のような素人においてはである。

 

 しかしながら、事後諸葛亮はよろしくない。自分が考えていることは(あたっても外れても)表現しておくべきだ。今回は、現時点で予期される戦争の結末について、幾つかのシナリオに分けて記載する。リファレンスはつけるものの、内容はあくまで私の考えるところである。

 

前回記事は以下の通り

ロシアによるウクライナ侵攻について(3/13現在のちょっとしたまとめ) - 狂気従容

 

1. 経済制裁によってロシアが折れる

 おそらく西側陣営が一番期待しているシナリオだと思う。NATO軍が直接的な軍事行動をとらない以上、ロシアに対して最もダメージを与える行動は経済制裁である。私は経済音痴であるので、経済制裁がどの程度の期間でどの様な線形でロシアを追い詰めるのか予測できない。何か参考に出来ないか調べてみたら、バイデン大統領は3月24日、訪問先のベルギーブリュッセルで以下の様に語ったとのこと。以下、ホワイトハウスのプレスから抜粋引用する

 

Remarks by President Biden in Press Conference | The White House

 

記者:Sir, deterrence didn’t work. What makes you think Vladimir Putin will alter course based on the action you’ve taken today?

(抑止は機能しなかった。あなたがとった行動を基にプーチン大統領が方針を変えると考える根拠は何か?)

 

バイデン大統領:Let’s get something straight: You remember, if you’ve covered me from the beginning, I did not say that in fact the sanctions would deter him.  Sanctions never deter.  You keep talking about that. 

(話を整理しよう。あなたがもし事の始めから私を取材しているならば、制裁はプーチンを抑止するだろうと私が言っていないことを覚えている。あなたはそんなことを言い続けている)

 

バイデン大統領:Sanctions never deter.  The maintenance of sanctions — the maintenance of sanctions, the increasing the pain, and the demonstration — why I asked for this NATO meeting today — is to be sure that after a month, we will sustain what we’re doing not just next month, the following month, but for the remainder of this entire year.  That’s what will stop him.

(制裁は抑止ではない。制裁を維持することー制裁を維持することで出血が増加する、そして実証も増加するー私が今日のNATOによる会議を求めたのは-1ヶ月後も我々は我々がしていること(制裁)を維持する、来月、再来月でなく年内一杯続けていく。それがプーチンを止めるだろう)

 

 上記のバイデン大統領の受け答えが正確な根拠に基づくものならば、ロシアを経済制裁で追い込むには、数ヶ月以上、下手したら1年近くかかるかもしれないということになる。今の戦闘状態が数ヶ月も続いたら……それまでウクライナは持つだろうか?

 経済制裁の影響が予想以上に早く出てくる場合もあり得るだろうから(ロシア側がどこで折れるかは不明であるので)、何とも言えない話ではあるけれども、バイデン大統領の判断根拠が正確な場合、経済制裁による即時の終戦はなさそうである。更に言うと、経済制裁は諸刃の剣であるので、西側陣営の体力および利害関係により継続の程度は変化しうる。

 

2. プーチン大統領が失脚するまたは暗殺される

 未知数である。これもある意味では西側が望むところであり、経済制裁が及ぼす効果の一つとして期待されていることではあると思う。しかしながら、シナリオには一つ重要な条件がある。プーチン大統領の次がプーチン大統領よりもまともであること。プーチン大統領が失脚して次のトップがより強烈で狂気的な独裁者では意味がない。戦争も終結しないだろう。西側陣営としては、懐柔や離反を促す工作をプーチン政権の重要人物達に施していると思われるが、その辺りは戦後にならないと分からないことも多かろう。

 

3/24のBBC記事より

プーチン大統領の特別代表が辞任 侵攻以降の辞任で最高位 - BBCニュース

3/25のCNN記事より

CNN.co.jp : ロシア国防相の所在めぐり臆測、報道官は健康問題報道にコメントせず

 

 こんな話も出てきている。未知数な部分は多いが、期待値はゼロでは無いと思う。暗殺の方に関しては何とも……

 冬戦争のおり、自軍の敗北が続く状態に怒り散らすスターリンに対し、

「お前が粛清で軍をズタボロにしたからだバカヤロー(趣旨)」と反論した当時の国防相ヴォロシーロフはまことに勇敢な人物であったな。

 

3. ロシアが通常兵器でウクライナを屈服させる

 正直なところ、これが一番あり得ると思う。ロシア軍の停滞、一部部隊の後退、ウクライナ軍による反撃も報告されているけれども、全体としての優位性は変化していないと思う。ロシア軍は多大な損害を出しつつも、全体として85~90%の戦力を維持しているとのこと。

 

3/23のISW(The Institute for the Study of Warー外交・安全保障関連のシンクタンク)投稿より

 

3/26のCNN記事より

CNN.co.jp : ロシア軍がキエフへの地上進軍を停止、防御態勢に 米高官

 

 

3/25のアメリ国防省報告より以下引用抜粋

www.defense.gov

You'll probably ask me about two things I do want to add. One -- so on -- assessed available combat power, we -- we hold the Russians less than 90 percent, somewhere between 85 and less than 90 percent of their assessed available combat power.

ロシア軍は全体として85~90%の戦力を維持している。

 

 視覚的に確認された範囲で、ロシア軍はこれまでに300両近い戦車と、同じく300両近い歩兵戦闘車両を損失している。並みの国なら全軍保有数が全て失われているレベルの損失である。

www.oryxspioenkop.com

 長期戦が展開されるとすれば、ロシア軍によるウクライナ主要都市への砲爆撃が続くことだろう。局地的な戦線の移動はあると思われるが、ウクライナ側がすり減るまで、ロシアとしては間接攻撃・遠距離攻撃を主体に行動する(なるべく自軍の損害を少なくする)と予測される(プーチンヒトラーよろしく無茶な作戦を強行しなければ)。ウクライナ軍も無人機等を用いて前線後方への攻撃を行っているようではあるが、戦争全体にどの程度影響を与えられるかは不明だ。

 ウクライナの戦略拠点(工場等)を直接攻撃できるロシア側は、経済制裁兵站不足の問題があるにせよ、装備品の供給に関しては時間が経つほど優勢になると思われる。ウクライナ側がいかに士気が高くとも、降り注ぐミサイルや爆弾を熱意で押し返すことは出来ない。ウクライナ側の防空部隊がミサイル不足等により力尽きた時、現在までのところ慎重な行動を見せているロシア空軍は、いよいよウクライナ上空を飛び回り、好きな場所を好きな時に爆撃するようになるだろう(つまり西側陣営からの援助ルートが断たれる)。軍事品に限らず、民間の商工業施設が破壊されれば、市民の物資不足からウクライナ側は追い詰められていくだろう。

 このシナリオは陰惨なものであり、予期されるものの全く期待しない(したくない)。ロシア軍の度重なる砲爆撃により民間人死傷者が積み重ねられた上で、ウクライナ側の全面降伏ないしは部分的な妥協によって、国土と独立、その一部または全部が奪われることになる。

 

4. ロシアが大量破壊兵器を使用してウクライナを屈服させる

 予期される中で最悪のシナリオだと思う。3のシナリオの発展形にあたる。都市への砲爆撃に加えて、化学兵器ないしは核兵器が使用され、ウクライナ側が屈する形で戦争が終結する。国土と独立、その一部または全部が奪われ、おびただしい死傷者、核兵器が使用された場合はプリピャチ以外にも復興困難な地域を抱えることになる。ウクライナ側が領土の一部と引き換えに独立を維持できたとしても、大量破壊兵器による現状変革という事例を残すことにもなる。あってはならないが、確率は低くない。核兵器はともかく、化学兵器の使用はそれなりにあり得る。

 

3/25のBBC記事より

西側各国の首脳、対ロ結束を強調 ロシアの化学兵器使用を懸念 ウクライナ侵攻29日目 - BBCニュース

 

 化学兵器の使用が懸念されているのは、シリア内戦で使用された前例があるからだ。化学兵器の投入が、限定的な使用なのか、都市を丸ごと殺戮する全面投入なのかでその影響(西側の対応も含め)は大きく変わる。後者の場合、核兵器の使用と大差ない被害が出るだろう。後者の選択肢が選ばれる蓋然性は低い……はずだ。

 

 結末が見えているマリウポリは別にして(そう前回記事にしてから2週間持ちこたえているマリウポリ……ウクライナ側の覚悟が伺える)、要衝として交戦が続いているスムイ、チェルニヒウ、ミコライウあたりは局地的な化学兵器使用の標的になるかもしれない。西側陣営からある程度距離が離れており(西側への刺激が少ない)、キエフやハリコフほどのインパクトを与えず、軍事的にも意味のある地域と思われるからだ。膠着した戦線を打開する目的で-ウクライナ側の士気低下と一時的なパニック、恐怖の醸成を狙ったー限定的な化学兵器投入はあり得る。

 

 繰り返しになるけれども、想定される中で最低最悪のシナリオとなる。これより酷い結末として、NATO軍介入からの全面核戦争というアポカリプスが存在するが、流石にそれは無い……はずだ。

 

5. ウクライナがロシア軍を駆逐し戦争を終結させる

 蓋然性はあまりにも低い。ウクライナ軍には、ロシア軍を食い止める戦いは出来ても、占領地域全域(ドンバス地方、クリミア半島含む)を開放するだけの力はないと思われる。ロシア軍が化学兵器の大量投入や核攻撃をおこなわない限り、しばらくの間、都市防衛および局地的な反撃は可能だと思う。それもいつまで持つか……各国のウクライナへの援助は続いている。

 

3/16、CNNの記事より

CNN.co.jp : バイデン氏、ウクライナにさらなる軍事支援を表明へ 950億円規模

3/24、CNNの記事より

CNN.co.jp : 英、ウクライナへミサイル6000基含む大型軍事支援を発表へ

 

 ウクライナが理想とするエンディングだと思われるが、困難極まりない。どの道、ウクライナ軍がロシア領内を進軍しロシア本土を制圧することは不可能なので、戦闘で戦果を積み重ねた後、ロシアを交渉のテーブルに着かせる必要がある。また、通常戦力によるウクライナ征服は困難であると理解したロシア側が、最後の手段として大量破壊兵器を使用してこないことが条件となる。仮にウクライナ軍がロシア軍を国内(ドンバス地方やクリミア半島含む)から駆逐できたとしても、主要都市への核攻撃を喰らえばそれまでである。

 

6. NATO軍が介入してロ軍を駆逐する

 ほぼ無いと思われる。NATO軍は直接介入しない方向で動いている。

 

3/25、ロイター記事より

G7とNATO、ウクライナ軍事支援や対ロ制裁強化で合意 | ロイター

 

 現段階において、NATO軍はウクライナ上空の飛行禁止区域設定を目指していない。またバイデン大統領は、ロシアが化学兵器を使用した際は軍事力により対応するとも明言していない(対応するとは答えている)。戦闘がウクライナ領内に限定されるならば、NATO軍は介入しない。それが彼等の指針のように思われる。それがどのように評価されるかは、歴史の審判に委ねられることだろう。

 

 

最後に、私が考えるところの西側の最大期待値(蓋然性×被害の少なさ)を記載する。

 

まず戦争が以下の様に推移する。

ウクライナ軍の善戦によりロシア軍は多大な損害を被る

・ロシア軍は被害拡大と士気低下により大規模攻勢を断念する

・ロシア軍は通常兵器によるウクライナ全土制圧を諦める

・ロシアは大量破壊兵器を使用しない

・大きな被害が出るものの、キエフ、ハリコフ両都市は健在

ウクライナ軍が善戦するものの物量によるロシア軍優勢は変わらない

経済制裁によりロシアの戦争継続力が低下する

                

その結果両者が譲歩し、以下の内容で停戦する。

ウクライナは領土の一部をロシアに割譲

ウクライナ軍は規模を縮小する

ウクライナNATOへの加入を諦める

・ロシア軍はウクライナ領内より撤退する

 

 ウクライナからしてみれば得るものは何一つなく損失ばかりである。しかしながら、ロシア側の当初目標が、ウクライナの非軍事化かつ中立化という国家解体に近い条件だったことを考えれば、ウクライナは全面降伏を免れ独立維持に成功したと評価できる内容だろう。

 シリアやチェチェンで起きたことを考えるに、ロシアへの降伏は戦争の終わりを意味しない。虐殺や拷問、広範囲における重大な人権侵害の始まりである。それを考えれば、まだマシな結末であると思う。

 上記内容にウクライナ人が心から納得するとは思えない。また、ウクライナ人に譲歩や妥協を勧めることなど私には到底できない。しかしながら、現状はあまりにも厳しいと思う。仮に上記内容での停戦が有効的に機能したとしても、武力による現状変革の前例を認めることになる。

 

 いずれまた関連記事を掲載したいと思う。