狂気従容

軍事、歴史、宗教などを語ります。

原子力発電所への武力攻撃について

 原子力発電所へのミサイル等による武力攻撃を危惧する話が度々話題になる。あのロシアですら原子炉建屋(格納容器)を破壊する目的で原発を攻撃していない現状、原発を直接狙うような国とまともな外交関係を築けるとは思わないけれども、実際、日本の原発が攻撃されるリスクとはどのようなものか考えてみる。まずは基本的な話として、以下4点を考慮する必要がある。

 

  1. 日本は日米安全保障条約により米国と同盟関係にある
  2. 日本への武力攻撃は米国の反撃を引き起こす
  3. 日本の原発を直接攻撃することは米国からの核による報復を招く恐れがある
  4. 原発の原子炉建屋(と格納容器)は非常に頑丈で外から破壊するにはそれなりの火力が必要である

 

 1~3の時点で、原発への直接攻撃は攻撃する側にもかなりのリスクが存在することが分かるだろう。4に関しては、原発の原子炉建屋(と格納容器)を破壊するには、巡航ミサイル、弾道弾、大型の航空爆弾、あるいはある程度の戦力を有したコマンド部隊が必要となることを意味している。

 

 現状、日本と交戦しそうな国と言えば、北朝鮮、中国、ロシアの3ヶ国であるが、彼等が日本の原発を破壊するとしたら、実行能力的にかなり困難なミッションとなるだろう。格納容器を正確に破壊するには、それなりの命中精度が必要となる。弾道弾はものによっては原子炉建屋には当たりそうではあるが、格納容器を吹き飛ばすには命中精度的に運の要素が絡むだろう(通常弾頭の場合)。巡航ミサイル、航空爆弾は精度的には申し分ないけれど、迎撃される確率が高くなる。コマンド部隊による強襲は、武器の運搬や部隊の潜入が順調に進み、原発を警護する警備隊をすみやかに排除できた場合、任務を達成できるものと思われる。

 

 どの手段を用いてもハードな任務である。何かと話題のドローンでは、火薬量的に足りないだろう。大型のドローンを日本国内に持ち込むのは難しいだろうし、建屋の中にある格納容器を破壊するにはやはり火力が足りない。どうにかして大量の火薬を日本国内で確保して(トン単位で)、VIED方式でトラックにでも載せてカミカゼした方が確実だろう。しかしながら、日本国内で大量の火薬を手に入れるのは困難だ(協力者がいれば多少らくになる)。

 

 つまるところ、日米安保の抑止力と、目標への到達困難さから、原発が武力攻撃によって破壊される蓋然性は高くないのである。ここまでは、既に多くの方が指摘している話である。

 

 では戦時において原発にリスクは無いかと言えば、必ずしもそうではない。原子炉建屋の直接破壊以外の部分に目を向ければ、弱点は存在する。外部電源である。3.11の事故において、核燃料および格納容器が損傷してしまった原因は、外部電源と非常用緊急電源の両方を損失し、原子炉を冷却できなくなったことにある。原発が稼働している場合、原発で用いる電力は原発自身が提供する。忘れがちであるが、原発を利用するにも電力が必要である。稼働していない原発においても同様で、維持管理のために電力を使用する。この場合は外部電源に依存することになる。

 

 外部電源となる発電所の多くは火力発電所だと思われるが、火力発電所は攻撃の対象となり得る。実際、ロシア軍はウクライナの火力発電所を攻撃している。また、NATOによるユーゴスラビア空爆においても発電所は攻撃対象になった(火力発電所かは確認できなかった)。但し、NATO軍による発電所攻撃は停電爆弾(送電線をショートさせるための繊維が詰まっている爆弾)を使用したソフトキルが主体だったと思われる。ロシア軍はミサイルや無人機による物理的な破壊を狙ったが、ウクライナの電力供給を止めることはできなかった(一時的な被害は発生した)。火力不足だろう。

 

 ウクライナの前線近く、ロシア軍が占領しているザポリージャ原発では、外部電源の損失が発生している。

https://www.cnn.co.jp/world/35201169.html

ザポリージャ原発は稼働を停止しているが、電源損失が続けば(緊急発電機の燃料も尽きれば)、重大事故は免れない。ロシア軍の攻撃による外部電源の損失が、意図的なものかは不明であるが、原発を直接攻撃しなくとも、原発を危険な状態に追い込むことは可能である。

 

 日本の場合、例えば再稼働に向けて整備中の女川原発では、外部電源は複数系統を確保し、非常用ディーゼル発電以外にも、ガスタービン発電機車および電源車を配置するなど、電源損失を防ぐための措置が取られている。電源確保の多重化または多様化は、他の原発においても採用される。以下、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」より抜粋。

実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則 | e-Gov法令検索

(安全施設)

第十二条 安全施設は、その安全機能の重要度に応じて、安全機能が確保されたものでなければならない。

2 安全機能を有する系統のうち、安全機能の重要度が特に高い安全機能を有するものは、当該系統を構成する機械又は器具の単一故障(単一の原因によって一つの機械又は器具が所定の安全機能を失うこと(従属要因による多重故障を含む。)をいう。以下同じ。)が発生した場合であって、外部電源が利用できない場合においても機能できるよう、当該系統を構成する機械又は器具の機能、構造及び動作原理を考慮して、多重性又は多様性を確保し、及び独立性を確保するものでなければならない。

 

 ガスタービン発電機車などは原発施設内あるいは周辺に配置されているので、これを武力攻撃することは原子炉への直接攻撃とみなされるだろう。それ等が使用する燃料の貯蔵施設に対しても同様である。問題は先にも述べたように外部電源にある。外部電源である火力発電所、そこからの電力網(変電所や送電線)が攻撃対象となった場合だ。もっとも、電力網を広域的に破壊するにはかなりの火力投射が必要で(ロシアは失敗した)、原発を直接狙う以上の難易度があるかもしれない(そして攻撃国本土の同様施設が報復対象になる)。

 

 潜入したコマンド部隊が送電線の破壊を目的とした場合、原発施設を狙うよりも容易に任務を達成するだろう。それこそ、小型ドローンにアルミホイルでもぶら下げて送電線にぶつければ一時的な停電は引き起こせる。継続的となると鉄塔や変電所を爆破する必要性が出てくるけれども、やはり原発を直接狙うよりかは容易だろう。

 

 非常用発電には継続的な燃料投入が必要になるので(火力発電所にしても同様ですが)、外部電源が損失した状態で原発にアクセスするための橋梁や主要道路が損傷した場合(これは直接攻撃とみなされるかもしれないが)、燃料供給が途絶え全電源損失という事態は発生しうる。原発が停止している場合であっても、電源損失が続いた場合、核燃料の損傷は引き起こされる(冷却機能の停止による)。それで直ちに周辺住民に健康被害が発生するとは限らないけれども、被害拡大防止に多大なリソースを割くことにはなるだろう。攻撃が段階的であれば、警告を発する余地も残る。

 

 攻撃側が意図することなく、ミサイル攻撃等で外部電源の損失と非常用発電の燃料供給が停止してしまい、全電源損失を経ての核燃料や格納容器の損傷が発生した場合、どこまでの報復攻撃が可能だろうか。やはり同様の報復攻撃をするだろうか。報復攻撃に原発を直接狙わなくとも、巨大ダムの破壊くらいはするかもしれない(ダム攻撃は過去の戦争でも何度か行われている)。

 

 実際問題、意図することなく全電源損失が発生する蓋然性がどのくらいあるかは不明瞭だ。電力網を広域にわたって寸断した時点で原発への影響は推測されるだろうし、そもそも実行能力的に可能であるかも疑問が残る。前述したように、広域にわたって継続的にインフラ施設を無力化するにはかなりの火力投射が必要になり、日米の防空網を破って成果をあげるには攻撃側も多くの戦力を割くことになる(つまり前線で必要な火力が減少する)。また、日本本土の電力網を破壊しようとした時点で、攻撃国の本土が報復攻撃の対象となる。それがたとえ通常兵器によるものだとしても、無傷では済まされないだろう。コマンド攻撃、サイバー攻撃にしても同様で、報復を招くだろう。

 

 マニアックなことをツラツラと記述してしまった。特に結論は無い。原発への武力行使という議論が、稼働中の原発における原子路建屋への攻撃という部分にフォーカスされがちなので、そうでない部分を考えてみた。不測の事態と言うのは起こり得るものだ。現在においてはザポリージャ原子力発電所がその状態にある。