狂気従容

軍事、歴史、宗教などを語ります。

おすすめ軍事書籍ー戦争における「人殺し」の心理学

ブログトップで軍事を語ると書いておきながら、いまだ軍事系の記事を1つも投稿していないことに気が付いた。というわけで1発目の軍事ネタである。

 

戦争・軍事とは何かを記した書籍は数多く存在する。未読の書、もっと読破せねばならないと思っているが、現在既読の中から紹介したい書籍が何冊かある。何回かにわたって、それらを紹介していこうと思う。1冊目のタイトルは「戦争における「人殺し」の心理学」

 

戦争とは何か。突き詰めれば人殺しである。そんなシンプルな内容を丹念に、数字と証言をもってまとめたのが、デーヴ・グロスマンの「戦争における「人殺し」の心理学」である。

 

殺人。この究極の禁忌を、研究対象にして書籍にまとめた、デーヴ・グロスマンは、アメリカ陸軍の軍人(1兵卒から中佐にまで昇進した!)で、アーカンソー州立大学で軍事学教授を務めたこともある、文武両道という言葉がふさわしい人物だ。日本語版の出版が1998年なので、年齢を考えればおそらくすでに軍は退役しているだろう。

 

グロスマンは軍人ではあるが、戦闘による殺人の経験はない。殺人経験の無いものが殺人の研究をする。そのことについて書籍の中でいかの様に表現されている「セックスについて学んでいる童貞である」。色んな意味で耳が痛い言葉だ。非戦争経験者が、戦争や軍事を語るとはそういうことなのかもしれない。

 

この書籍はある数字を紹介したことで有名である。それは、各戦争における米軍人の発砲率の変化。敵と戦闘状態になった時、歩兵として銃を持っている兵士の何%程度が、実際に銃を敵に向かって発砲したか、という数字である。

 

映画やドラマなんかでは、ほぼ全員が敵兵士に向けて発砲するわけだが、実際はそうではなかったという研究結果を、グロスマンは紹介している。

 

第二次大戦では、15%~20%の発砲率で、撃たない(撃てない)兵士の方が圧倒的に多かったそうだ。これが朝鮮戦争で55%になり、ベトナム戦争では90%~95%に達するようになる(そしてそれがベトナム帰還兵を苦しめる要因となる)。※追記参照

 

一般的な人間は殺人に対して強い拒否感を持っている。たとえそれが自分の命が危うい時であってもだ。それを乗り越えるために軍隊の訓練が必要になる。先に挙げた、発砲率の変化は、訓練内容の改変によって得られたという(条件付け訓練の導入)。人は基本的に殺人に忌避感をもっているが、訓練次第で実行可能になるということ。

 

教育次第で普通の人も殺人者になる。それが現代の軍事訓練ということだ。ベトナム戦争までは徴兵制が健在だったので、一般人(軍隊に志願しない人間)も、訓練次第で殺人を乗り越えることが可能であることを示している。

 

もう1つ、この書籍が紹介している興味深い数字がある。それは、兵士の2%は、殺人に対し、とくに拒否感を示さないというデータだ。それは、「人口の2%の人物が異常な犯罪者」という意味ではなく、「2%の兵士は軍隊において殺人の命令を拒否感なく実行できる」ことを示している。全員が全員、殺人に抵抗があるわけではないと。

 

ちなみにだが、グロスマンは当時のアメリカ精神医学会によるデータ(DSM3-R)から、「国内男子における反社会的人格障害者の割合はおよそ3%」という数字を紹介している。100人中3人、結構な割合である。

 

他方では、特定条件下における殺人の合理化について、殺人心理に与える条件について詳細に記述されている。集団化による責任の分散、相手の人間性を否定すること(人種差別)、戦争の大義名分、相手との物理的な距離など、殺人のハードルを下げる要素が紹介されている。

 

人間を殺すことに抵抗があるならば、相手を人間だと思わなければよい。と誰かが考えたのかはわからないが、ナチスの例を出すまでもなく、人種差別は殺人のハードルをさげるのである。

 

相手との物理的な距離による心理負担の低下、つまり、銃で殺す方がナイフで殺すよりも心理的負担が少ないということ。テレビ超し(誘導兵器)なら尚更だ。ドローン兵器操縦者らの、PTSD心的外傷後ストレス障害)増加が数年前から話題になっているが、その辺を考える上でも示唆深い書籍である。ドローン操縦者のPTSD増加は、距離的要因とは別の条件による影響ということになるだろう。

 

他にも、当時のアメリカにおける暴力犯罪や、映画やテレビゲームで殺人を扱うことの悪影響などが記載されているが、この辺りは要検証の内容にも思う。これは歴史を知っている者の、後出しの知恵なわけだが、テレビゲームを始め、殺人を題材にした作品は増える一方だが、殺人事件の件数は、先進各国で一様に低下している。もっとも、無差別発砲事件やヘイトクライムは増加傾向にあるので、何が要因なのか検討すべきだろう。

 

この書籍に、敢えてケチをつけるならば、ベトナム戦争へのアプローチだろうか。著者の立場が立場なので、ベトナム戦争ベトナム帰還兵のことを悪く書くことは難しいだろうが、贔屓がすぎるきらいがある。「NAM―禁じられた戦場の記憶」辺りを読んでからだと、随分と印象が変わってしまう。彼等は被害者でも加害者でもあるのだ。

 

この書籍は戦争関連の書籍を紐解く上での良い指標だと思う。戦争書籍と言えば、とかく殺人の描写が多くなるわけだが、グロスマンの研究内容と比較することで、戦争を殺人という観点から、マクロ的にもミクロ的にも検証していくことができる(次の書籍紹介で比較したい)。

 

昨今、いや、ここ15年くらいだろうか、インターネットメディアの興隆を受け、戦争関連の話題を見る機会が増えたように思う。また、世代の交代からか、先の大戦自衛隊(つまり軍隊)に対する評価も変化を示してきた。

 

もちろん、先の大戦への評価は常に変化してきたのだが、軍隊や戦争へのアプローチ、それらを題材にした作品のタッチがだいぶ変化したように思う(いずれ記事にしたい)。

 

我々が戦争について語るのは「セックスについて学んでいる童貞」の状態なわけだが、グロスマンの書籍は、そんな状態でも学べることがあることを教えてくれる。今回紹介した内容以外にも、興味深い研究結果が幾つも掲載されているので、戦争について知見を得たいのならば、まず真っ先に読んでほしい書籍の1つである。色々と、見方が変わるはずである。

 

 

追記

調べたらこんな記事があった。

『戦場の兵士の大部分は敵を射撃しない』という神話(dragoner) - 個人 - Yahoo!ニュース

なるほど、グロスマンの書籍にも数字の出どころ(リファレンス)は無い。その辺も含めて、次の書籍紹介につなげたいです。